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肺炎の診断と三省堂書店

息子の結婚に際し、温かいお言葉をたくさんいただきまして
本当にありがとうございました。とても嬉しかったです。

シングルマザーでしたので、「しっかりしなくちゃ」って
ずっと自分のお尻を引っ叩いてここまで来ましたので、本当にホッとしました。

さて、腰椎の手術が延期になったため、いろいろご心配をおかけしました。
2月の第1週と第2週に日本体育大学の集中講義がありましたが、
その2週目の講義の最中に喘息の症状が出てしまいました。

それからずっと咳が続き、喘鳴(ぜいめい:呼吸をするときに「ヒューヒュー」
「ゼイゼイ」音がすること)も治らなかったため、手術が延期になりました。

腰椎の手術をする予定だった大学病院の呼吸器内科で診察を受けたところ、
喘息ではなく肺炎だったことがハッキリ分かりました。

せっかくお茶の水に来たので、言語学の本を探しに三省堂書店の本店に
行くことにしました。

三省堂書店で、「こういうのが欲しかったぁ」という言語学の本を買い、
ついでに手話のコーナーに行ってみると、自分の本がありました。

一昨日、今年の秋に出版する本の打ち合わせの時に出版社の編集者さんから
「出版社の営業担当ではなく、著者が本屋さんにお礼を言うのはとても良いこと」
と伺ったので、恥ずかしかったけれど思い切ってレジでお礼を言いました。

「手話のコーナーに『はじめてでも そのまま使える手話会話フレーズ228』
がありましたが、あれは私が書いた本なんです。
置いてくださってありがとうございます」

店員さんはとても驚いた顔をした後、素敵な笑顔でお辞儀してくださいました。
心がホッコリしました。

次の本の原稿も頑張りたいと思います。
あ、まず肺炎を完全に治さなきゃ。
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うちの歴史が変わります

男の子を1人しか産んでいない私に、可愛い娘ができました。
とても人柄が良いお嬢さんです。
息子に最高のパートナーができたからです。

祖母も母も私も、辛いことの多い家庭だったので、それは私までで断ち切って、
2人には幸せな人生を歩んでほしいと心から思います。

明治の初めに生まれた私のひいおじいさん。
牧師さんに連れられてアメリカに渡り、アメリカで大学を卒業して日本に戻り、第二次世界大戦の頃は奉天で初めてのデパート「満蒙百貨店」を創業しました。
敗戦後、満州にロシア軍が入ってきた時、自分の百貨店で働く全ての従業員が日本に無事に帰ることと引き換えに、自分がロシア軍の兵隊に射殺されることを望み、紋付羽織袴姿で銃弾に倒れたクリスチャンです。

そして、その長女である祖母。私の家が荒れ果ていたので「たこちゃんは本当に可哀想ね。でも必ず神様が守ってくださるからね」と神様を教えてくれたクリスチャンです。そのおかげで私はグレなかったのだと思います。

そして母。「ミス飯野海運」と言われたお嬢さん育ちの母でしたが、結婚してからは辛いことばかり。たくさんの縁談の中から選んだ相手は、キレると暴力を振るい手がつけられなくなる人でした。自分の見る目がないために可愛がって育ててくれた両親にも、1人娘の私にも迷惑をかけてしまったと自分を責めて、33年間もうつ病に苦しんだクリスチャンでした。

そんなひいおじいさん、祖母、母が大好きだった銀座の資生堂パーラーで、みんなが好きだった味を知って欲しくて、お祝いに息子と娘ちゃんに味わってもらいました。

その後は、娘ちゃんを祖母や母に紹介するために、祖母や母の眠る青山霊園に一緒にお墓参りに行ってもらいました。

お墓の木を切っている息子と、それを片付けるお手伝いをしてくれた娘ちゃんの幸せそうな姿を見て、母に「あなたが身体を張って守ってくれた命は、今こうして素晴らしいパートナーを得て、新しい人生を歩み始めることができました。本当にありがとう」と心の中でお礼を言いました。

息子がお腹にいる時、妊娠6ヶ月の時に父が「おまえのお腹の子どもなんて死んでも構わない」と言って私に暴力を振るったのですが、その時に飛んできて身体を張って私とお腹の中の息子を守ってくれたのが母でした。
その後、父は母にも暴力を振るい、警察官が3人きて、大変な修羅場となったのでした。

2人の幸せそうな姿を見て、天国で母も大喜びをしていることと思います。
これで母に恩返しできたように思います。

さて余談ですが。
この数日後に私は大学病院に入院して腰椎の手術をすることになっていました。
ところが直前の検査で、「今の状態で全身麻酔は無理」という診断で、手術は延期になりました。

ろうの方からお見舞いをいただいたり、生徒さんが「入院中のご飯が美味しくないといけないから」とご飯のお供をくださったり、「先生、手術頑張ってください」と温かいメールをいただいたりしたのに、手術を延期することになって。
なんだか「手術するする詐欺」をしているみたいで、心苦しいです。

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とてもハードだった2月

今日は3月3日ひな祭り。
とてもハードだった2月が終わり、いつのまにか3月になっていました。

今年度から日本体育大学の非常勤講師になり、2月の1週目と2週目には手話の集中講義を担当させていただきました。

2月の3週目は田園調布雙葉小学校で「手話と思いやり」というテーマで講演をさせていただきました。
心の綺麗な可愛い小学生たちにお話をして、私の心も少しは綺麗になれたような気がしました。

2月の4週目には株式会社IHIで聴覚障がい社員の日本語研修のご依頼をいただきました。
【英語圏や中国・韓国の日本語学習者さんたちが、どんなふうに日本語を間違える傾向にあるか】ということも混じえながら「聴覚障がい者の誤用例(入門)」というテーマで研修をさせていただきました。

以前、博報堂さんの特例子会社で日本語の研修を担当して以来、十数年ぶりの豊洲だったので、駅の中で迷子になってしまいました!

さらに、駅からIHIさんまでまっすぐのはずなのに、なぜかビルに入って受付に行ったら、全然違う会社の名前で!
その会社の警備員さんに案内していただいて、なんとかIHIさんにに着くことができました。どうしてこんなに方向音痴なのでしょうか。

今回の研修は
「なぜ聴覚障がい者さんにとって日本語が難しいのか」を
理論的に解説することを目的としていました。

無事に終わった後、聴覚障がいの女性の社員の方がお礼を言いに来てくださいました。
「分かりやすい授業をありがとうございました」って。

嬉しくて、泣きそうになりました。
ずっと睡眠不足だったけれど、全力投球で研修をおこなって、本当に良かったです。

大きなお仕事が終わって、片耳猫ピュアも安心したようです。
2月の全てのお仕事が終わるまでは私の膝の上に乗ってこなかったのは、
ピュアも気を使ってくれていたのでしょうか?

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