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ハニワ

私は、2022年から早稲田大学エクステンションセンター中野校で
「手話-日本語対応手話と日本手話を学ぶ」というテーマで
講義をさせていただいています。

毎週土曜日の午後に講義があるので、土曜日にお出かけすることはありません。

でも今日は早稲田大学エクステンションセンターがお休みなので…
私の都合ではなくて、学校の年間スケジュールのためです。

それで、ここ数年「似ている」と言われる「ハニワ展」
(正式名称は「ヨロイを着た古墳人がみた世界」)に行ってみました。

私が「似ている」と言われるハニワの名前が「挂甲武人」で、
さらに【国宝】だとわかり、非常に気を良くしています。

博子ちゃん(母のことです)、ハニワ顔に産んでくれてありがとう。
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新潟「にいまーる」見学旅行

あっという間に7月が終わり、8月となりました。
7月は大きな企業で
聴覚障がい社員の日本語研修がいくつか入っていまして、
余裕なく過ごしていました。
最初に2008年11月に新潟で
「聴覚障がい者のための日本語講座」をおこない、
「私は」と「私が」の違いを手話で解説して以来、
数十社の企業で日本語研修を担当してきました。

最近感じるのは「日本語対応手話」を使う聴覚障がい社員が
増えているということです。
7月に伺ったある大手企業では、
13名中、日本手話を使う方は3名だけでした。
時代の流れでしょうか?

さて7月11日(土)。
テンダー手話&日本語教室ができてちょうど15周年の日。
記念イベントとして、私の大好きな場所、
新潟の聴覚障がい者のための就労継続支援B型施設
「にいまーる」に伺いました。
テンダー手話&日本語教室の生徒さんたち26名で伺いました。

かつて3年間にいまーるに通って日本語講座を担当していたので、
にいまーるには私の大切な教え子さんたちがたくさんいらっしゃいます。
お休みにも関わらず、にいまーるの利用者さんたち13名が
いらしてくださり、懐かしい再会をしました!

東京だと手話の世界には逆差別があって、
聴覚障がい者協会が上で、手話通訳者会や手話サークルは
その下で「かしずいている」という構図があります。

でも、にいまーるとテンダーの交流会では
そんなことは全くありませんでした。

ろう者さんでも難聴者さんでも中途失聴者さんでも聴者でも。
日本語が完璧でも苦手でも。
日本手話でも対応手話でも口話でも。
誰か上とか下とか、そんなことは全くなくて。
みんなが笑顔で、みんなが楽しそうでした!

「これが私の理想の姿だわ」
楽しそうに笑っている39名の皆さんの様子を見て、
心からそう思いました。

にいまーるの皆さん、お邪魔させていただき
どうもありがとうございました。
とっても楽しかったです!

また来年伺いますね、今度は暑くない時期に。
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PTSDのフラッシュバック

7月14日(火)。手話通訳の仕事を終えて歩いている時、
「そう言えば、ちょうど1年経ったんだ…」
そう思いました。

私はお医者さまと警察の指示で、ずっと父から逃げていました。
その父が危篤と突然連絡がきて、さんざん悩んだ挙句病院に行き、
死んだばかりの父と対面した日が2025年の7月14日でした。

私はずいぶん長く生きてきたけれど、
本当に心から安心して暮らせるようになったのは、
この1年だとしみじみ思いました。

これからは怯えず明るく生きていけると思っていた矢先の
7月15日(火)の夜。
PTSDのフラッシュバックが起こってしまいました。
この日はいろいろあって、いやでも父のことを考えざるを得ない日でした。

手話指導を終えて家のリビングルームに入った21:00に
突然フラッシュバックが起こり、涙が止まらなくなりました。

フラッシュバックは辛いです。
拙著『幕末〜明治〜昭和〜令和 あるクリスチャン家族の物語』の
p8「…自分にとって1番辛かった場面が、次から次と頭に浮かび、
呼吸が苦しくなり、心臓がバクバクして、声を上げて泣いてしまう。
そういう状況が40〜50分続いてしまうのです。
泣くのをやめようとしても、どうしても自分の意志で
涙を止めることができないのです」と書いたとおり、
これがフラッシュバックです。

さらに昨日はその状態が1時間も続き、しかも
「加害者とはいえ父親なのだから,許さなければいけない」という
見えない「圧」のようなものを感じてしまい、余計苦しくなりました。
なんだか彫刻刀で胸をえぐられるような痛みを感じました。

ふと気がつくと、いつもそばに来て、遊びを催促するネコたちが、
遠くに距離をとって心配そうに私を見ていました。

以前、PTSDの診断書を書いてくださった精神科医の女医さんに
「父が死ねばPTSDのフラッシュバックはなくなりますか?」と
伺ったことがあります。

その時に女医さんは申し訳なさそうに
「残念だけど,お父さんが亡くなっても
PTSDのフラッシュバックはなくなりません。
脳が勝手に記憶してるから」
と言われたのですが、それは本当でした。

「これからも続くんだ」
今朝起きた時、そう思ってやりきれない気持ちになりました。

ところが午後の手話のレッスンで、生徒さんから
「先生みたいに辛い思いをした人に、悩みを聞いて欲しいと思います。
辛い思いをしたことがない人に話しても、わかってもらえませんから」
そう言われて、心がスッとして、ストンと落ちた気がしました。

神様は私に「人の痛みがわかる人間になりなさい」と望んで、
このような経験をさせているのでしょうか。
そう思ったら、「全てのことに意味がある」って
いつも自分で言っていることと整合性が取れました。

これからも生きている間、フラッシュバックは起こるでしょうけれど、
そういう自分も受け入れられるような気がします。

心が元気になってきたので、新潟で買ったお酒を
写真の母と酌み交わそうと思います。

私と同じように苦しい思いをしている人が救われますように。
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