供花
温かいお言葉をいただきまして本当にありがとうございました。
今日7月18日(金)、今頃は父の葬儀の真っ最中です。
私は参列せず、朝から仕事をしています。
14日(月)は、すごく悩んで病院に行き、
亡くなったばかりの父と十数年ぶりに会いました。
その後は、本来は一人娘の私がしなければならないことを
全部代わってやってくれた従姉妹に甘えることにしました。
お医者さまから「父と会うことは危険と診断する」と診断書が出ているため
「葬儀も出なくていいよ」と言ってくれたので、
全部おまかせで、これで終わりと思っていたのです。
ところが一昨日の夜に「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」
というマタイによる福音書5章44節の言葉が頭に浮かびました。
うーん…
イエスさまが十字架に架かって亡くなったことは、
クリスチャンでなくてもご存知かと思います。
でも、イエスさまが手足を釘で打たれて十字架に架けられた時、
自分を十字架に架けた人のために祈りを捧げられたことは、
知られていないと思います。
「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか、
自分でわからないのです」(ルカによる福音書23章)
ここまでには絶対なれないのですが。
近づけたら素敵だけど…
またまたさんざん考えて、葬儀には参列しないけれど
お花をお供えすることにして、葬儀会社に申し込みました。
でもなんか変かなぁ。
普通の家庭なら、お父さんが亡くなって
娘が葬儀でお花をお供えするのは当たり前ですが。
私の場合、DVの被害者なので加害者の葬儀にお花をお供えするのは、変かなぁ。
なんだか、何が正しいのかよくわからなくなってしまいました。
でも、いっぱい考えて、
「完全には赦すのは難しいけれど、クリスチャンの母なら
「たこ、良くやった」って天国で言ってくれそうな気がする」
そう思って、供花の申し込み締め切りギリギリの時間に、
申し込みました。
そうしたら、とてもスッキリしまして。
これからは、しっかりと前を向いて歩いていこうと思います。
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父の死
午後は県警本部の手話指導があり、
そのあとは2コマ続いて手話のオンラインレッスンをしていました。
その最中、絶縁状態の父が危ないと連絡がきました。
DVで母と私を苦しめた父。
どうしよう。
私が息子を妊娠中、「おまえのお腹の子なんて死んだって構わない」と
言われて暴力を振るわれた時のことが思い出されました。
どうしよう。
知らせてくれたのは父方の従姉妹でした。
私と母が、父のDVで苦しんでいたことや、
父のことで私がPTSDになったことも理解してくれているので、
「無理のないように」とメールに書いてありました。
本当に迷ったのですが、病院に電話したら危篤とのこと。
私は「人としてどうすべきなのだろう」
「クリスチャンとして、どうすべきなのだろう」と、
ものすごく悩みましたが、病院に行くことにしました。
オンラインレッスンを途中で終えさせていただき、
夜の手話の授業をお休みさせていただいて、
タクシーを呼んで病院に行きました。
病室に着くと、亡くなっていました。
私が父の病室に着く、ほんの数分前だったようです。
亡くなってからの再会で良かったです。
もし、生きている父に会ったら、私、
PTSDのフラッシュバックを起こしてしまうので、神様に感謝です。
「あなたが母と私に酷いことをしなかったら、
私はあなたを大事にしたのよ」って亡骸に言いました。
涙は出ませんでした。
葬儀は、私のことを気遣ってくれる従姉妹に
喪主になってもらうようにお願いしました。
葬儀屋さんに遺体をお渡しして、帰路につきました。
人生で味わったことのない不思議な感情です。
明日ちゃんとお仕事できるでしょうか。
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人権に関する講演で、福島県鏡石町へ
先週、福島県鏡石町に伺いました。
昨年2024年11月にも福島県鏡石町に伺って、
その時は中学校で講演をさせていただきました。
今回は小学校を2ヶ所周り、「手話と思いやり」というテーマで
お話させていただきました。
*聴覚障がい者さんには「ろう者」「難聴者」「中途失聴者」さんがいらして、
それぞれ大変さも、使用する手話も違うこと。
*筆談した時に正しくない日本語を書いてしまうことがあるけれど、
それは能力が低いのではなくて、日本語と手話,特に日本手話は
日本語とは文の構造も語彙も文法も違うためだということ。
*そして、手話と関係のない方々への講演では、
最後に必ず私が飼っている片耳ネコのピュアのお話をします。
私「もしこの子が私の家に引き取られずペットショップで売られていたら、
高い値段がつくでしょうか?」
子供たち 首を振って「つきません」
私「そうですね。でもそんなこと私と息子には何にも関係ないのです。
障がいがあるとかないとか、そんなことは人や動物の価値とは関係がないのです」
*講演が終わって、先生が子供たちに「感想を言える人?」と尋ねると、
手があがりました。
「聴覚障がい者の人にとって、手話は大切なのだとわかりました」
「初めてこういうお話を聞いて、手話に興味を持ちました」
「障がいがあるということは、人の価値とは関係ないとわかりました」
うわー、嬉しいなぁ。
私が伝えたかったこと、ちゃんと受け取ってくれていました。
お昼は初めての「かっぱ麺」。をいただきました。
きゅうりの搾り汁の入った麺の上に、たくさんの野菜と【かっぱの卵】の載った
かっぱ麺。
ものすごく気に入ってしまいました。
鏡石町役場の担当者さんも、人権委員の方々も
「かっぱ麺をこんなに喜んだ人はいません」と驚いていらっしゃいました。
鏡石の有名な田んぼアートも拝見しました。
「これってカラースプレーをかけてるんじゃないんですか?」
などと見当違いな質問をしてしまい、失礼しました。
純粋で子供らしい子供たちの心に、種を蒔くことができたら嬉しいなぁ。
そう思って帰りました。
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