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頸肩腕障害の検診って…

今日は午前中に日本語と手話の授業を合わせて2コマおこなってから、
急いで錦糸町に行きました。
昔、墨東病院で手話通訳をしていた時は毎月錦糸町に行っていましたが、
最近は行くことがなくて久しぶりです。

目的は、手話通訳士の職業病である「頸肩腕障害の検診」のためです。
今まではどうしても仕事の都合で受けることができなかったのですが、
今年はちゃんと検診を受けようと、仕事の日程を調整して、
お昼ご飯を流し込むように食べて、急いで会場に行きました。

ところが検診の内容は…
①身長 ②体重 ③血圧 ④ 視力 ⑤ 握力 
→ここまでは普通の健康診断です。

⑥ ピンチ検査(親指と人差し指、親指と中指、親指と薬指で薄い金属の板を挟む検査)
⑦ タップ検査(30秒間で左右の人差し指を、それぞれ何回上下に動かせるかの検査)
えっ?これだけですか?
人差し指をピョコピョコ上下に動かして、手話通訳士の何を測るというのでしょう?

あちゃー。費用を市役所が負担してくださるのはありがたいのですが、
【ピョコピョコ】で何が分かるのでしょう?

往復3時間40分かけて来た意味はあるのだろうか?
明日12月13日(土)は早稲田大学エクステンションセンターの
年内最後の手話の講義で、まだパワーポイントができてないのに。

とてもガッカリした気持ちで総武線に乗りました。
「次の17:00〜のオンライン手話レッスンに間に合うかしら」
そう思って、三鷹からバスに乗りました。
すると私の隣に「ごめんなさいよ」といって、
小柄なおばあちゃまが乗ってきました。

私が「あ、ごめんなさい」といってできるだけ端に寄ると
そのおばあちゃまは「大丈夫よ」といって肩からリュックを下ろして
ヒザに乗せました。

そして「このリュックにね、お米が3キロ入ってるの」とおっしゃるので
「まあ、コンパクトでいいですね」と私が言うと、そこからお話が始まりました。

ニュースをよく見ていらっしゃるようで、
最近のバスの運転手さんの人手不足のお話をなさり、
そのあとは身の上話をしてくださいました。
会津若松のご出身で、東京に出て定年までお仕事をされていたことなどなど。

そのおばあちゃまはマスクをしていらっしゃいましたけれど、
お顔が私の大好きだった祖母に似ていて、
私も懐かしい思いでお話のお相手をしていました。

たまたま同じバス停でしたので、一緒に降りて「ではまたね」と別れました。

歩きながら考えたのですが、
おそらくあのおばあちゃまは1人暮らしなのでしょう。
そうでなければ、こんなに北風が強くて寒い日に、
お米を3キロ背負って帰るなんてこと、ご家族が許しておかないでしょう。

だとすれば、あのおばあちゃまにとって、
私は今日初めておしゃべりした人なのかもしれない。
私は毎日生徒さんがいらっしゃるから「1日中誰とも口をきかない」なんてことないけれど。
1人暮らしのおばあちゃまなら、そう言うこともあるでしょう。
それなら、少しでもお話しして楽しかったと思っていただけるなら、
私が今日外出したことも無駄ではなかった。

そう思ったらちょっと心が温かくなって、北風の中、教室に戻りました。
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クリスマス礼拝の手話通訳

私は2007年からキリスト教の大学で手話通訳をしています。
今日はその大学でクリスマス礼拝があり、
手話通訳をさせていただきました。

そのクリスマス礼拝でのチャプレンの先生のメッセージが
とても素晴らしかったので、ご紹介したいと思います。

1)クリスマスはイエスさまが生まれたことをお祝いする日です。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、
「羊飼いたち」と「東方からやってきた3人の博士」が星に導かれて、
イエスさまがお生まれになったところにたどり着きます。

赤ちゃんのイエスさまに最初に会った羊飼いと
東方からやってきた3人の博士。
両方とも、この聖書の時代では【孤独で寂しい人たち】だったのです。

羊飼いたちは、町の人たちから軽んじられ、つまはじきにされる存在。
東方の博士たちはユダヤの人から見ると異邦人。
つまり【外国人】であり、違う宗教を信じている、自分たちとは異質な人。

このように【のけ者にされ、寂しい思いをしていた人たち】に対して、
イエスさまの誕生が告げられたのです。

2)イエスさまご自身も、キレイなお部屋で生まれて
暖かいベッドに寝かされていたのではありません。
どこの宿屋も満員で場所がなくて、家畜の小屋でひっそりと生まれ、
ベッドの代わりに馬が食べる草を入れる「かいばおけ」に寝かされました。

現代ではクリスマスというと
「オシャレをして豪華なディナーを食べる日」のように思われていますが、
世界で一番最初のクリスマスは、それとは正反対でした。

3)私たちは「クリスマス」と聞くと、イルミネーションやパーティ、
ケーキやプレゼントなど、賑やかで楽しいことを思い浮かべます。

でも、賑やかな中にいても、心の奥では「本当の平安がない」と
感じることがあるかもしれません。
無理して楽しそうに振る舞わなくても、悲しかったり孤独なままでも、
いやむしろ孤独な時にこそ、共にいてくださるのが
クリスマスに生まれたイエスさまです。
「あなたを 一人ぼっちにしない」それがクリスマスの喜びです。

*こんなに素敵なお話も手話通訳がいなければ、
聴覚障がいの学生さんたちには届かないのですから、
このお話を伝える役目を与えていただだけることに感謝です。

世の中から寂しい思いをする人が、いなくなりますように。

無事に手話通訳を終えて、クリスマス礼拝に参加してくれた
仲良しの友人と一緒にご飯を食べました。

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おっちょこちょい過ぎて

昨日11月30日のお昼頃、1人で急いで吉祥寺を歩いていて、
思いっきり派手に転びました。

そばにいた年配の女性が、慌てて助けに来てくださいました。

腰椎の手術をして2ヵ月。
絶対に転んではいけないのに。
太いボルト2本と金属で骨を固定していて、
「骨がつくまで半年かかりますからね」って
11月7日の診察の時に執刀医の先生に言われたのに。
骨が外れたらどうしましょう。

スカートをめくってみたら、ヒザが血だらけでした。
ヤンチャな小学生のヒザみたいです。

どうしてこう落ち着きがないのでしょう、私は。
教室に戻って【反省ザル】のポーズをしてみました

この前は教室で椅子がないところに座ろうとして尻餅をついてしまい、
手話の生徒さんが真っ青になっていらっしゃいました。

あまりにおっちょこちょい過ぎて、自分でおかしくなっちゃいました。

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