先週の土曜日、ドラマ「妖怪人間ベム」を見ました。
初回から欠かさず見ています。最初は、「アニメの実写版か。どんな感じなんだろう?」と、軽い気持ちで見始めました。
でも見ているうちに、内容が深いので驚きました。
人って、外見で判断してしまうんですよね。私にも似たような経験があります。
大学を卒業して、就職して1年目、私はスゴく太ってしまいました(^。^;)
それまで体育会だったのに卒業して身体を動かさなくなり、それなのに今までと同じように食べて、さらに飲み会なども多くて、すっかり太ってしまいました(>_<)
でも、「このままではいけない!」と一念発起しました。
毎日カロリー計算して1日の摂取カロリーを1300〜1400kcalに抑えた結果、1年で14kg痩せました!
すると…まわりの人たちの態度がガラッと変わったんです!
会社の人たちが、急に親切になりました(°□°;)
「私の性格も考え方も、何にも変わっていないのに。何で???」
結局、人って見かけで判断してしまうものなんですね(>_<)
自分は、見かけに左右されずに本質を見る目を持ちたいと思いました。
難しいかもしれないけど。
今日は(今日も?)ものすごくあわただしい1日でした。
朝起きて、朝食を作って、母の粗そうの始末をして、お掃除をして、仕事のメールをして、お昼ご飯の用意をしたら、大学の講義の手話通訳に行く時間になってしまいました。
結局、母の部屋にお昼ご飯を運んだものの自分は食べる時間がなくて、そのまま仕事に行きました。
移動中の車の中で、コンビニで買った180円の三角サンドを食べて、お昼ご飯にしました。
それから大学の手話通訳を2コマ行ったのですが、時間が延びました。
でも、ろうの学生がキチンと理解できるように、先生がわざわざ講義のあとに時間を作って説明してくださったのですから、それは本当にありがたいことです。
先生のご好意を無駄にしないように、一生懸命学ぼうとしているろうの学生の役に立てるように、一生懸命通訳をしました。
普段はそこで一度帰宅し、母のオムツを替えて、夕食を作ってから日本語の文章力向上講座の仕事に行くのですが、今日はお料理する時間がないので、京樽で海鮮チラシを買いました。
そして家に帰って、母のオムツを替えたら、すぐに出発しないと間に合わなくなったので、家族に海鮮チラシを置いて、私はそのまま品川へ手話で行う日本語の文章力向上講座に行きました。
そして講座を終えて、11時ころ会社を出ました。今日のテーマは「敬語1」。
尊敬語を中心にお話しました。時間が足りなくなって、再来週の「敬語2」に一部持ち越しになってゴメンナサイ。
でも受講生さんたちの、熱心に学ぶ姿勢には頭が下がります。
日本語を聞いた経験のないろう者が日本語を身につけることが、どんなに大変か一般に知られていません。
「私+名前+鈴木+言う」と手話で表すろう者にとって、同じ内容を「私の名前は鈴木と申します。」という日本語に書き換えるのは、本当に大変なことなのです(>_<)
そのことについての理解が足りないから、本当はものすごく優秀なのに能力が劣っていると誤解されて、見下されたりバカにされているろう者がどんなにたくさんいることでしょう!
聞こえる皆さん、ろう者が日本語を身につけるのがどんなに大変か、理解してくださいm(_ _)m
ろう者にとって、日本語は母語ではなく第二言語なんです!
聞こえる皆さんは、自分の英語力に自信がありますか?
何ひとつ間違えずに、完璧な英語の文章が書けますか?
ろう者の書いた日本語の文章で彼らの能力を判断するということは、聞こえる人の能力を、英語力だけで判断しているのと同じことなんです(T_T)
ろう者の方々の状況を、もっと社会に広く理解してほしいです。
そのために私は何ができるのでしょう…
今は、夜中の0時半。帰宅途中のバスの中です。
帰宅してから食べるものを駅のコンビニで買ったら、なんと合計額が「777」円!
なんだかとってもハッピーになれました(*^o^*)
12月1日(木)『手話で行う基礎英語講座』を終えての帰り道、私はものすごくホッとしていました。
その日は大学の講義の手話通訳の仕事もあってあわただしかったのですが、無事に仕事も終わり、受講生さんたちの「勉強を続けたい!」という熱い気持ちを受け止めて、なんだか安心しました。
そうしたら、電車の中で爆睡してしまいました(^_^;)
夕食を食べる時間もなくてお腹がすいていたこともあり、新宿から乗り換えた総武線に座った瞬間から爆睡しました。
空腹だった私は、電車の中で夢をみました。
大きなケーキを食べる夢です。普段私はあまりケーキを食べることはないのですが、夢ではものすごく大きなケーキを買ってきて、お皿に載せて、まさに食べるところでした。
思いっきり大きな口をあけて、パクッとした瞬間に目が覚めました。
そう、私は電車のシートに座りながらぐっすり眠り、実際に大きな口をあけて、パクッとやっていたんです(°□°;)
ものすごく恥ずかしかったです(^_^;)
それから降りるまでは、恥ずかしく顔を上げられませんでした(∋_∈)
夜11時半にうちに帰って、まず母のオムツを替えて、世話をして、お風呂に入って、やっと夕食が食べられたのは、夜中の12時50分でした(^。^;)
これじゃあ身体に悪いですよね(∋_∈)
2009年4月から『手話で行う日本語の文章力向上講座』、そして2011年3月からは『手話で行う基礎英語講座』をスタートさせました。
両方とも品川にあるUDジャパンで開いていました。
ところが、UDジャパンの会社の都合により、両方の講座とも来年1月からは開催できなくなりました(°□°;)
でも、それでは困ります(>_<)熱心に通ってくださる受講生さんのためにも、なんとしても続けなけれぱなりません!
特に、『手話で行う日本語の文章力向上講座』は私のライフワークであり、手話通訳士と日本語教育能力検定試験に合格した日本語教師として、この講座を続けることは使命だと考えています。
「来年からどうしよう…」といろいろ考えた結果、私が新しく『テンダー日本語教室」を興し、来年からも同じ内容で続けることになりました!
会場は、以前私が1年半勤めていたワールドパイオニア(現社名ダブル・ピー)の手話寺子屋のお教室をお借りできることになりました(*^o^*)
ただ、平日は朝から夜まで手話寺子屋が入っているので、お借りできるのは土曜日になります。
土曜日に、皆さんが遊びに行った帰りに中野に寄って、楽しく日本語の勉強をして、それからおうちに帰っていただくのはどうかなぁ〜と考えています。
毎月第二以外の土曜日の、夜6時〜8時までを予定しています。
また詳細が決まりましたら、ホームページのトップに載せますね(*^o^*)
引き続き、『手話で行う日本語講座』(来年から名前が短く、わかりやすく変わります!)をよろしくお願いいたしますm(_ _)m
さて、日本語講座は続けて行えることになったものの、『手話で行う基礎英語講座』の方は、今後のことはまだ決まっていません(T_T)
「もしかしたら、これで打ち切りになってしまうのかなぁ。」と思いつつ、12月1日(木)の『基礎英語講座』でその旨をお話しました。
すると受講生さんたちは、皆さん「もっと勉強したい。続けたい。」と言ってくださいました。
皆さんがいろいろ会場を考えてくださいました。
皆さんがなんとか続けようといろいろ考えてくださる様子を見て、私は「本当にありがたいなあ。」と感動しましたo(^-^)o
聴覚障がい者の方々の役に立ちたくて、日本語講座や英語講座を立ち上げたのですが、実際は私の方が受講生さんたちに支えられていたんだなあと実感しました!
本当にありがとうございますm(_ _)m
日本語講座同様、英語講座もなんとか続けられるよう、いろいろ探してみますね!
そして詳細が決まりましたら、『手話で行う日本語講座』同様『手話で行う基礎英語講座』についても、ホームページにアップいたします。
もう少し、お待ちください。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m
このところ、ずーっと忙しくて休みがなく、特に先週は睡眠時間が2時間とか2時間半の日が続きました(>_<)
それで、「ブログに書きたい!」と思うことがたくさんあっても、いつも携帯を手にしたまま眠ってしまって全然書き込めなかったので、今日はまとめて書き込もうと思います。
27日(日)は、国際シンポジウム「多言語環境児童の学習言語の発達と障害」の手話通訳をしました。
3月に行う予定だったものが、大震災の影響で11月に延びたものです。
第二言語習得に非常に関心がある私としては、とても興味深い内容でした。
始めは参加者として申し込んだのですが、参加者の中に聴覚障がい者の方がいらっしゃるということで、手話通訳を担当することになりました。
始めに、カナダで行われているイマージョン教育の実態についてのおお話がありました。
イマージョン教育というのは、「第二言語の力を高度に伸ばすために、学校教育の全部または一部を、第二言語を使用して行う教育」のことだそうです。
また、カナダのDruryろう学校での、ろう児に対するバイリンガル教育についてのお話がありました。
幼稚部でASLを導入するのに、アルファベットならぬ「ASLファベット」を使って、手型や位置や手の動きを表す、という方法があるそうです。
それらのお話の中で、「日本語対応手話は不完全だ。」というお話がありました。
講演が終わって質疑応答のときに、私が手話通訳をしていた聴覚障がい者の方が手を上げました。
その方がおっしゃったのは、「自分は24才のときに失聴した。自分のような中途失聴者や難聴者にとって、日本語対応手話は大切な言語である。学者の先生が『日本語対応手話は不完全な言語である』とは言わないでほしい。言語を否定すると、その言語を使っている人たちの社会的立場まで低く扱われることになるのだから。」とおっしゃいました。
それを聞きながら、私は「なるほどなぁ。」と思いました。
以前は「手話は、みっともない。」と言われ、電車の中など人目につくところで手話を使うことははばかられ、長い間ろう者の方々は悔しい思いをしてきました。
時代が変わり、「ろう者とは日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者である。」という『ろう文化宣言』が発表されてからは、状況が変わってきました。
日本手話を尊重しよう、日本手話を身につけよう、という流れに変わってきたように思います。
私もかつて、地域の手話講習会に通っていたとき、講習会で教えていただいた手話(日本語対応手話)と、実際にろう者の方々が話している手話(日本手話)が違うことを知って、愕然としました(」゜□゜)」
職場の上司(ろう者)や同僚(ろう者)にも、「日本手話を磨け!」と言われ、なんとか身につけなけれぱ、と思って今までやってきました。
でも、シンポジウムの質疑応答の手話通訳をして、考えました。
「どっちがいい、どっちが悪い。」
「どっちが優れている、どっちが劣っている。」
という言い方をしてはいけないんですよね!
人間に優劣がないように、言語にも優劣はないんですよね!
「英語とフランス語では、英語の方が優れている。」なんていうことはありませんものね!
これから手話指導をするときには、「日本手話と日本手話対応手話では、両方とも大切な言語です。」ということを、キチンと伝えていきたいと思いました(*^o^*)
一昨日の夜、イトーヨーカドーへ行きました。
母のオムツを箱買いするためです。
2種類のオムツを注文して、家に届けてもらうように頼んでから地下の食品売り場へ行きました。
インストアベーカリーで、いろいろな種類のパンが入ったバラエティーパックを買い、さらに普通の袋入りのパンの売り場に行きました。
通路が細くて、こちらからと向こうから行き交う(いきかう)ことができず、向こうから来た女の方が、私が通るのを待っていてくださいました。
「謝らなきゃ。」と思い、「ごめんなさい。」と言ったつもりが、なぜか喉が詰まって、声が出なくなってしまいました。(∋_∈)
「ごめんなさい。」の「ごめんな…」の部分は声が出なくて、そのあとの部分からいきなり声が出ました。
私が通るのを待っていた女の方は、いきなり私から
「…さい。」
と言われたので、怪訝(けげん)な顔をして去って行きました。
すごく恥ずかしかったです(^_^;)
11月20日(月)は、私が青春をすべて捧げた、立教大学体育会応援団の創立80周年記念祝会が行われました。
私は大先輩とご一緒に司会を担当しました。
全部で360名ほど参加されたうえ、立教大学総長はじめ多くの来賓がいらっしゃるので、ご紹介するときにお名前や肩書きを間違えないようにしなければ、と緊張しました。
リハーサルでは「本日司会をつとめさせていただきます鈴木隆子です」が言えなくて、何度やっても「本日死体をつとめさせていただきます…」になってしまい焦りました(°□°;)
また、本番前に80周年の記念品のピンバッチをつけようとして、親指に刺して血だらけになって焦りました(^_^;)
何とか無事に司会が終わってホッとしたとともに、こんなに歴史と伝統のある応援団の一員であったことを幸せに思いました(*^o^*)
母校の勝利のために、雨や風の中でも、そして野球が最下位 のときでも、常に笑顔で踊り続けた4年間は、私にとって宝物です(*^o^*)
でも、もし入学式のときに勧誘されなければチアガールになることはありませんでした。こんなに充実した4年間を過ごすことはできなかったでしょう。
神様と勧誘してくださった先輩に感謝していますo(^-^)oo(^-^)oo(^-^)o
私はこの2年ほど、睡眠不足が続いています。
2009年秋から母の介護が始まり、時を同じくして親戚とのトラブルもあり、その解決のためにやらなければいけないことが色々増えました。
それ以来、睡眠時間は長くて4時間位です。そのわりには、「元気だなぁ、元気だけが取り柄だしなぁ。」と思っています。
先日も、眠くて眠くてどうしようもないのを無理して5時過ぎに起きました。
起きてすぐ、トイレに行ったのですが、なんとそのまま爆睡してしまいました(>_<)
たぶん30分位寝ていたのでしょう。目を覚ましてビックリして、「大変だぁ!すぐにお弁当を作らなくちゃ、間に合わなくなっちゃう!」
ところが、便器に座ったまま足が痺れて、動けなくなってしまいました(°□°;)
「どうしよう、どうしよう!?」
足の痺れが直るまで、かなり時間がかかり、本当に焦りました(>_<)泣きそうになりました(ToT)
さらにその翌日、夜仕事から帰ってきて慌ててご飯を作り、食べ終わったら、もう目を開けていられないほど睡魔が襲ってきました。
「眠くて立っていられない…でも後片付けしなくちゃ…」
食器洗い機を使うことにして、汚れた食器を入れていると、カメと目が合いました(@_@)
私の家のキッチンとダイニングルームの間にはハッチがあります。(カウンターみたいなものです。)
本来はお料理の出し入れに使うのですが、うちではそこにカメの水槽が置いてあります。
餌を欲しがっているカメのミントを見て、
「おなかすいてるんだ。可哀想!カメに餌をあげなきゃ。」
「あっ、食洗機に洗剤入れなきゃ。」
カメ、食洗機、カメ、食洗機…と頭の中で繰り返していた私は、気がついたらカメの水槽の中に、ザーッと食洗機の洗剤を入れてしまいました(°□°;)
ハッと我に帰り、
「うわぁ〜!」と叫んだ私の声を聞いて、家族が集まってきました。
「何やってんの!」(怒られるのは当たり前ですね(>_<))
「ミントが死んじゃう〜」
自分でとんでもないことをしていながら、呆然(ぼうぜん)としている私に代わって、家族がテキパキとカメのミントの水槽を洗ってくれました。
本当に失礼しましたm(_ _)m
ミント、ゴメンね。
まったく何てことをやっちゃったんでしょう(∋_∈)
これからは、もうちょっと睡眠時間がとれるように生活を改善します(反省)
手話通訳の内容は多岐に渡ります。
終戦記念日の平和記念式典だったり、みのもんたさんの講演だったり、日本国憲法についてだったり、天文学だったり、映画の撮影だったり。
通訳の仕事が決まると、原稿があるときは事前に読んで内容を頭に入れ、手話表現をどうするか、色々考えます。
原稿はないけれど講演者がわかっているときは、その方が書いた本を読みます。
いろんな勉強が必要ですが、大変というより、むしろ楽しいんですo(^-^)o
だって、もし手話通訳を担当しなければ、絶対に読むことはないような本を読んだりするので、視野が広がったようで嬉しいんです(*^o^*)
でも、時には手話通訳を通して、自分の中に封印していたことと向き合わなければならなくなり、ツラい思いをすることがあります。
それは、幼い頃から続いていた、お酒を飲んで暴れる父の姿です。
お酒が入ると目つきが変わり、本当に怖かったので、なるべく思い出さないようにしています。
でも時々手話通訳の話の内容で、私の育った環境とそっくりの話が出てくることがあります。
今日の通訳もそうでした。大学の講義の中で、DVや児童虐待の話が出てきました。
通訳自体は無事に終わったものの、講義のあと、先生が配った資料を読んだら血の気がひく思いがしました。
児童虐待についての資料で、児童虐待の4つの分類が書いてありました。
その中に
「身体的虐待…殴る」
「心理的虐待…子どもの目の前でのDV」
その文章を見たとき、いろいろな光景がフラッシュバックして、心臓がドキドキして呼吸が荒くなり、誰かに口から手を突っ込まれて内蔵をかき回されているような気持ちになりました(>_<)
イイ年をして情けないなぁと、自分で自分が不甲斐なく感じました。
なるべく思い出さないようにして生活しているのに、今年に入ってからは通訳現場でこのようなことが何度もあります。
神様が私を鍛えようとされているのか、それとも自分の心の痛みを通して、人の心の痛みがわかる人間になれと言われているのか…
どっちかよくわからないけど、ともかく今は日本語講座から帰る途中なので、家に帰ったら母のオムツを替えて、お風呂に入って、頭の中をからっぽにして寝て、また明日から笑顔で過ごしますo(^-^)o
木曜日は、いつもあわただしいです。
先週の木曜日も、大学の講義の手話通訳が終わり、一度帰宅して、母のオムツを替え、次は「手話で行う日本語の文章力向上講座だ!」、というときに携帯のメールに気づきました。
見ると、今年の3月まで私が担当していた初級クラスの生徒さんでした。
「まあ!久しぶり!どうしたのかしら!?」
そう思ってメールを読むと、信じられない文字が飛び込んできました。
3月まで担当していた生徒さんが亡くなられたというのです。
私は頭が真っ白になり、思考力が止まってしまいました。
その方は昨年11月に発病されてから、一生懸命病気と戦っていらっしゃいました。
手術を受けたあとも、明るく通ってくださり、大きな病気をした方とは思えませんでした。
私が最後にお会いしたのは、今年の4月に入院中の彼女をお見舞いしたときです。
私に訃報を知らせてくれた生徒さんによると、亡くなる2日前に電話でお話したそうで、
「手話に行こうね。」と話すと「行きたい。」とお返事されたそうです。
最後まで手話をしたいと思ってくださっていたなんて…
まだ30代ですから、やりたいこともたくさんあったでしょう。
彼女に思いを伝えたくて、今はいない彼女にメールをしました。
「あなたというステキな生徒さんがいたことを、私は決して忘れません。いつか私が天国に行ったら、一緒に楽しく手話の勉強をしましょう。」と。
天国へのメールは、彼女のもとに届いたでしょうか?