今日は大学の講義の手話通訳のあと、中野にあるWPの手話寺子屋に行きました。
帰りが10時を過ぎるので、手話寺子屋に出席する時は、手話通訳に行く前に夕食を用意して行きます。
今日は鶏のササミ・ジャガイモ・玉ねぎ・しめじ・グリーンピースを使ったクリームシチューを作ってから行きました(*^o^*)
大学の講義は「旧約聖書入門」私は、祖母の祖母から数えて5代目のクリスチャンなのに、聖書に関する知識がまったくないので(はずかしい(∋_∈)〉、とっても勉強になります!
今日の手話通訳も無事に終わり、手話寺子屋でもCLや読み取りなど、とっても良い勉強をさせて頂き、感謝です(*^o^*)
ただ、それとは別に困ったことが…
私は躁鬱病のいとこのトラブルで、今住んでいる家を手放さなければならないようなピンチに落ちいっています。
最初の弁護士は、消費者金融でお金を借りることを勧めるような、信じられない人でした。その人を解任したあと、今の弁護士さんは本当に良い方で、こんなに良い方を紹介してくれた友人と神様には本当に感謝しています(*^o^*)
金銭面では父に助けてもらうことになり、心苦しく思いながらも、本当にありがたいなと思っていました。
私の両親は16年前に離婚しています。
離婚を申し出た母の代わりに離婚についての交渉はすべて私が一手に引き受け、なんとか無事に話し合いがついて離婚が成立し、私は母と暮らすことになりました。
私にしたら、離婚後は両親がそれぞれ前向きに、第3の人生を幸せに生きて欲しいと願っていました。
実際、離婚してからの母は、結婚生活を悔やむことなく、父の悪口を言うこともなく、前向きに生きています。抗うつ剤と精神安定剤は手放せないけれど、穏やかな日々を暮らしています。
ところが、今回のいとこのトラブルのことで父に助けてもらうことになり、父に頻繁に会うことになり、父にとっては離婚問題がいつまでもいつまでも尾を引いているのだとハッキリわかりました。
父の口からは結婚生活に関して、母の悪口を数限りなく聞く羽目になりました。
私は両親の仲人ではなく一人娘です。
両親の不和についての責任はまったくありません。むしろ両親の不和が辛くて、子供時代はよく一人で泣いていました。
それなのに父の気持ちを静めるために、母に代わって私が詫びなければならないなんて!
離婚は離婚として人生の糧にして、二人には前向きに生きて欲しい。
父が望んで望んで結婚したのですから、父が自分の選んだ人をけなしまくるというのは、ひいては自分自身を否定することになります。
そう話したんだけど、わかってもらえないみたいです(;_;)
両親の離婚問題は16年前に決着がついていたと思っていただけに、いまだに悪口や不平不満を聞かされ、代わりに謝らなければならないのは、正直言ってイヤになります。
でも、私はどんなことからも逃げません!
大変だけど、私は元気です!